
「人的資本経営」という言葉を耳にする機会が増えました。しかし、「大企業が開示義務に対応するための制度」という印象を持つ方も多いのではないでしょうか。
実態は異なります。人的資本経営の本質は「従業員を投資対象の資本として捉え、その価値を最大化する」ことにあります。
そして、従業員満足度(ES)はその根幹を支える最重要指標です。ESを高めることは、人的資本経営の実践そのものです。
本記事では、人的資本経営とESの関係を整理したうえで、サービス業の現場担当者・店長・SVが明日から実践できるKPI設定と施策について解説します。
飲食業・小売業・宿泊業など、パート・アルバイトスタッフが多い現場に特化した内容です。
目次
人的資本経営とは何か|従業員満足度(ES)との関係をわかりやすく整理する
人的資本経営とは、従業員を「コスト」ではなく「投資対象の資本」として捉え、その価値を最大化することで中長期的な企業成長につなげる経営手法です。
経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」(2022年)では、経営戦略と人材戦略の連動が人的資本経営の核心とされています。
従業員が「資本」として最大限のパフォーマンスを発揮するには、まずESを底上げすることが第一です。サービス業では特にESが顧客体験に直結するため、他業種以上にその重要性が高くなります。
▼関連記事:人的資本経営とは?取り組みのポイントとお役立ちツール
従業員満足度(ES)とエンゲージメントの違い|どちらを重視すべきか
ESとエンゲージメントは混同されがちですが、意味が異なります。
ESは「今の職場・待遇・環境への満足状態」、エンゲージメントは「会社のビジョンに共感し自発的に貢献したい意欲」です。
ハーズバーグの二要因理論によれば、不満を解消する「衛生要因」(給与・環境・人間関係)と満足を生む「動機づけ要因」(達成感・成長・承認)は別物です。衛生要因は充足されなければ不満を生みますが、充足されても満足にはつながりません。
まず衛生要因を解消しないと、動機づけ施策は機能しません。
正しい順序は、ESで不満要因を取り除いてから、エンゲージメントを高める施策を重ねることです。どちらか一方ではなく、段階的に両立させることが重要です。
ギャラップ「State of the Global Workplace 2024」では日本の従業員の仕事に対する意欲は比率は6%と東アジア地域の平均約17%に対して10%以上低い状況にあり、ESの底上げが急務とされています。
エンゲージメント施策だけを先行させても、日常の不満が解消されない職場では効果が出にくい理由がここにあります。
サービス業で人的資本経営が注目される背景|ESが経営課題の中心に来た理由
サービス業にとって、従業員を「資本」として捉えてESを向上させることは、経営の最優先課題となっています。
というのも、サービス業において少子高齢化による労働人口減少、離職率の高止まり、採用コストの増大という、構造的な問題が背景にあるからです。
厚生労働省「令和6年雇用動向調査」によれば、宿泊業・飲食サービス業の一般労働者の離職率は18.1%に達していて、全体平均の11.5%を上回っています。
またリクルートワークス研究所「未来予測2040」によると、2030年に341万人の労働供給不足を予測しており、人を採り続けるよりも定着させる方が圧倒的にコスト効率が高い状況です。
このことから、従業員満足度を高め従業員を定着させることが、サービス業の経営において重要な課題となっています。
人的資本経営において従業員満足度(ES)調査は必須か|その役割と意義
ES調査は、「実態把握なき施策は的外れになる」という経営の基本原則に基づき、人的資本経営において必須です。
現場の声を数値化することで、問題が深刻化する前に早期発見できます。
NTTコムオンラインの調査(2024年)では、ES調査実施率は68.9%。実施企業の83.9%が継続意向を持っており、ESデータが経営判断に活用されている実態が示されています。
また、厚生労働省の調査でも、ES向上への取り組み期間が長い企業ほど売上高・営業利益率が増加傾向にあることが確認されています。
投資家・取引先も従業員満足度に注目している
投資家や取引先が注目するのは「ESスコアそのもの」よりも、「課題認識→施策実行→改善サイクルが回っているか」というプロセスの質です。
数値の良し悪しよりも、継続的に改善しようとする経営姿勢が評価されます。
ISO 30414(人的資本に関する情報開示の国際ガイドライン)では11領域・58指標が定義されており、エンゲージメントや定着率がコアKPIとして位置づけられています。
サービス業の場合、ESの向上が離職率・定着率・CS向上を通じた売上成長に直結するため、財務成果との相関を示せることが重要です。
エンゲージメントスコアと営業利益の相関を確認した企業が、報酬体系にKPIを組み込む事例も出始めています。
ES調査を活用するための3つのポイント
ES調査を活用するための3つのポイントは以下の通りです。
①事前に結果に応じたアクションの設計をする
②結果を従業員に伝える
③ 前回の調査を踏まえた調査を実施する
それぞれなぜそれがポイントになるのか理由を解説します。
①事前に結果に応じたアクションの設計をする
事前にES調査の結果でネガティブな数値が出た際にどう対処するかを決めておくのは重要です。
マネジメントや経営側からすると、実際の数値を見ると受け入れ難く感じてしまう部分もあるかもしれません。
そんな時に本来の目的を忘れて見て見ぬフリをしてしまっては、ES調査の意味がなくなってしまうので、事前に結果に応じたアクションを決めておくと迷いがなくなります。
②結果を従業員に伝える
当たり前ではあるかもしれませんが、調査後に結果を従業員に伝えるようにしましょう。
調査するだけして、何も改善される気配がないとなると、従業員の積極的に現場を良くしようという意識が薄れ、調査しても片手間な回答になり、課題点が見えてこなくなってしまいます。
「何が課題でどう改善するか」を従業員に伝えることで、ES調査の目的や意味が従業員に伝わり、次回の回答率・精度も向上する好循環が生まれます。
③前回の調査を踏まえた調査を実施する
前回の調査を踏まえた内容で調査を行うことも、ES調査を形骸化させないために必要です。
具体的には、前回の調査で数値が低かった項目とそれに対して実施した施策の結果が確認できるような内容になっているかというかがポイントです。
毎回調査内容を大きく変える必要はありませんが、しっかりとPDCAを回せるような設計を意識しましょう。
とは言え、ES調査の設計から改善アクションの構築までどのように進めたら良いのかわからない方も多いと思います。
はたLuckはES調査の設計からアクションの提案まで一気通貫でサポートしています。
ES調査はスマートフォンを活用し日常業務の中でサーベイを完結させることで、パート・アルバイトを含む全スタッフに行き渡るような設計にしているので、多様な人材を扱うサービス業におすすめのサービスです。
まずはどんなサービスなのか下記からご確認ください。
人的資本経営のKPIとして従業員満足度をどう数値化・設定するか

KPIの数値化には、①eNPS(職場推奨度)、②継続勤務意向、③エンゲージメントスコアの3指標を組み合わせることで、多角的な実態把握が可能になります。
厚生労働省「取り組みませんか?『魅力ある職場づくり』で生産性向上と人材確保」でも「従業員・顧客満足度の両方を重視する企業は、CSのみ重視する企業より売上高・営業利益率ともに高い傾向にある」と示されています。
そのことからもKPIは「定量指標(離職率・定着率・スコア)」と「定性指標(心理的安全性・成長実感)」を組み合わせて設計し、まずES調査で現状値を取得したうえで、3〜6ヶ月ごとに再計測して前回比での改善率を目標に設定するのがおすすめです。
▼関連記事:eNPSとは|測定方法、導入のメリット・デメリット
ESを向上させる現場施策|コミュニケーション・承認・キャリアに対するアプローチ
KPIの設定と並行して、KPIの達成に向けた現場施策が必要です。
ここではサービス業の現場で特に効果的な施策を紹介します。
【施策①】コミュニケーション・承認の仕組み化でES向上の土台をつくる
ESを構成する「衛生要因」の中で最も即効性が高いのが、情報共有の不足と承認されている実感の不足を解消することです。
具体的には、デジタルツールで情報共有を仕組み化し、承認文化を育てることが、短期間でESスコアを引き上げる最初の一手になります。
実際に株式会社バンダイナムコアミューズメントでは、連絡ノート機能の活用で従業員満足度が向上し、株式会社オオゼキでは店舗内コミュニケーション活性化を実現しています(はたLuck導入事例)。
▼関連記事:ES向上はコミュニケーションから始まる!5つの実践施策
はたLuckの承認・情報共有機能(星を贈る・連絡ノート・トーク)で、ES向上の土台をアプリひとつで整えることができます。
【施策②】スキル・キャリアパスの見える化で成長実感をつくる
「動機づけ要因」である成長実感・キャリアの見通し・スキル習得の機会を提供することが、ESの向上につながります。
特にパート・アルバイトが多いサービス業では、「ここで働き続けることに価値がある」と感じさせる仕組みが定着率を大きく左右します。
人的資本経営における「育成」分野では、キャリア開発機会の提供とスキルの可視化が重要KPIとして位置づけられています。
キャリアパスが明確な企業は定着率が高い傾向があります。
マニュアルや動画教育による新人戦力化期間の短縮も、離職防止に有効な手段です。
【事例】ES向上を「人的資本への投資」として実践した企業の成果
ES向上施策を「コスト」ではなく「投資」として継続実施した企業では、離職率低下→採用コスト削減→サービス品質向上→CS改善→業績向上という連鎖が確認されています。
成功企業の共通点は「現場の声を収集→経営層がアクションを公表→スタッフが自発的に改善→再計測」というPDCAの習慣化です。
実際に株式会社ハブ(英国風PUB「HUB」運営)はコミュニケーションの改善施策を実施してESと生産性を向上し、利益をクルーへ還元するという取り組みを行いました。
また観光庁・宿泊業カイゼン事例集に掲載された施設でも、業務の棚卸しをしてシフト再設計するといった取り組みでスタッフ定着率が改善した事例が報告されています。
はたLuckを導入した現場でも、定期サーベイと承認機能の組み合わせにより、スタッフの声が経営に届く実感が生まれ、回答率・定着率の両方が向上するという変化が起きています。
自社に近い業種の事例を詳しく見たい方は導入事例一覧をご確認ください。
まとめ|従業員満足度の向上は人的資本経営の「出発点」であり「継続的な成長エンジン」

人的資本経営の本質は、社員が成長し、満足して働ける環境を整えることこそが、最も効率よく会社を成長させるための戦略であるということです。
サービス業においてESは単なる職場の空気感の良し悪しではなく、離職率の改善や生産性の向上、CSの向上につながる重要な指標です。
ES向上への取り組み期間が長い企業ほど財務成果が高いという傾向もあるため、ES向上への投資を「仕組みとして継続すること」が重要と言えます。
まず「現状把握(サーベイ)→課題特定→施策実行→再計測」のサイクルを小さく始めることが健全な人的資本経営への最初の一歩です。
制度整備の前に、現場の声を聞くことから始めてみてください。
ESの数値が動き始めると、職場が変わり、スタッフが変わり、顧客体験が変わり、結果的に営業利益の向上につながります。
はたLuckではサービス業を中心に、スマホアプリを通じてESの向上や業務効率化につながるサービスを提供しています。
人が定着する現場にしたいという思いはあるものの、何から始めたら良いかわからないという方はぜひ一度ご相談ください。
この記事の監修

滝澤美帆
学習院大学 経済学部 教授
専門はマクロ経済学・生産性分析・データ分析。2008 年一橋大学博士(経済学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、東洋大学、ハーバード大学国際問題研究所日米関係プログラム研究員などを経て、2019 年学習院大学准教授。2020 年より現職。現在、産業構造審議会、中小企業政策審議会など複数の中央省庁委員や東京大学エコノミックコンサルティング㈱のアドバイザー、企業の社外取締役を務める。
著書に『グラフィックマクロ経済学第3版(宮川努氏・外木暁幸氏との共著)』(新世社)などがある。

店舗DXコラム編集部
HATALUCKマーケティンググループのスタッフが、記事の企画・執筆・編集を行なっています。店舗や施設を運営する方々向けにシフト作成負担の軽減やコミュニケーション改善、エンゲージメント向上を目的としたDXノウハウや業界の最新情報をお届けします。
